僕が呆然としているあいだに 看護婦は姿を消していた。
おめでとう とはどういうことだろう。
病室の鏡を見たり自分の身体をくまなくさわったりしてみたが 特におかしなところはない。
と きなくさい香りが 鼻をくすぐった。
うむ やはりおかしいところはない。
満足しながら窓を開けると 病院のてっぺんにたつ煙突から もくもくと煙があがっていた。
どうやら ここは銭湯も
ではなく 焼き場が稼働しているらしかった。
火の香り 灰の香り 炭の香り 骨の香り 香の香り
それらがよどんだ煙にのって 病院を縦断し そして麓の町へと拡散していくのである。
誰が亡くなったのだろう と 僕は思った。
としていると 煙が窓からどんどん病室に流れこんできてしまって 僕はむせながら急いで窓を閉めた。
しかし 病室の中もなんだかけむたくなってしまったので 僕は病室を出た。
薄汚れたアンバーの壁にところどころ茶色いシミがついていて リノリウムの廊下は富栄養化の湖みたいな色をしている。
院内はしずかで かすかに 焼き場で火が燃える音すら聞こえてくるほどだった。
少し歩いてみると、病室の扉はことごとく開け放たれていて 他の患者の姿はない。
おそらく これほど静かな病院には 僕と あの看護婦と 僕を手術したであろう医者以外にはいないのではないか と思われた。
つきあたりの階段をおりて 踊り場の窓から あの煙突が見えた。
そう ならば いま あそこでは
誰が 焼かれているのだ?
僕は あわてて 焼き場の方へと 駆けだした。