病院


 院長がいれてくれた蜂蜜ミルクは 蜂蜜の分量と ミルクの温度が絶妙で ざわざわと落ち着かない僕の心に おだやかなぬくもりを与えてくれた。
 それは うちの看護婦も好きでね。
 院長はそういうと 自分用に入れたブラックの珈琲を一口飲んだ。
 僕は まだ考えのまとまらない 手術についての話を頭の中で消化するまで 別の話題をふることにした。
 ここには あの看護婦さんしか いないのですか?
 いない。
 院長はゆっくりとうなずいた。
 そもそも ここには僕以外の患者はいないのですか。
 いない。
 院長は繰り返すと またゆっくりとうなずいた。
 昔は いたのですか?
 いたよ。
 どれくらい?
 私が来る前 ここは総合病院だったからね。 それはそれは 多くの患者がいたさ。
 いや それはつまり と僕ははたと気付いた。
 いまはやはり ここは総合病院ではないと?
 そうだ。
 なら なんの病院なんですか?
 さっきも話したように 「存在」を切除する 専門病院さ。
 存在を切除とは なんだか的を射ない話で 僕はよりいっそう困惑した。
 しかし つまり。
 僕の存在は おそらく切除されてしまったということだ。
 そうですね 院長。
 ……あれは。
 と 院長は 突然あさっての方向を遠い目でながめた。
 最高のオペだったよ。
 いや 院長 そうでなく。
 なんだい?
 僕は 別に 存在を切除してもらいたかったわけではないのです。
 なんだって?
 僕は つい三日ほど前から高熱が続いていて それを治してもらいたかっただけなのです。
 うむ。だからそれは 存在を切除しなければ治らなかったのだよ。
 と 院長が平然と言うので 僕はうなった。
 そんなことないでしょう いくら僕が素人だからって馬鹿にしちゃあいけません 僕は子供のころからよく扁桃腺を腫らして熱を出していた だからつい先日まで出ていた熱は間違いなく扁桃炎による熱だ だから切除するべきは 存在ではなく 扁桃だったのだ。
 僕は思わず 一気にまくしたてていた。
 突然のことに やはり気が動転していたのかもしれない。
 院長は 僕の啖呵にも眉ひとつ動かさず じっと僕の話を聞いていた。





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