病院


 術後の経過は順調のようだね。
 院長は ブラウンの革張りのソファに浅く腰掛けて そう言った。
 腰を前に突き出した姿勢で 座っているため オレンジの競泳水着のその股間の部分が 僕の方に グイッと突き出される形になって なんとなく ブルーになった。
 僕らが部屋に入ったとき 院長は ウェットスーツにライフジャケットを着て カッターのオールを漕ぐトレーニングをしていた。
 いや オールも カッターもないので イメージトレーニングなのだが その様子は 鬼気迫るものがあった。
 そうして 僕たちの姿に気付き やあ カムラくん と言うと 着替えるから待っていておくれ と言われて 着替えた後の姿が 競泳水着一枚だった。
 どうぞ と 看護婦が紅茶を出した。
 ん これは僕でもわかる ウェッジウッドのティーカップだ。
 ありがとう と院長は さわやかな笑顔で看護婦に言った。
 えぇ と 看護婦は どこか照れくさそうな顔をして そそくさと部屋を立ち去っていった。
 なあんだ そういうことか と 僕はちょっとガッカリした気持ちで カップに手をかけた。
 すると 院長が ちょっと待ちたまえ と 僕を制した。
 あ やはり たかが一患者である僕が先にお茶に手を出すなどとは 大それたことであったのだろうか と思っていると 院長は テーブルの観葉植物の一葉をちぎり 紅茶に落とした。
 え これは 香りでも よくなるのですか と僕が訊いたら 院長は 見たまえ と 紅茶を指さした。
 深いオレンジの紅茶のなかで 泡をたててとけていく 一葉なのであった。
 うわあ と 僕は驚くと 院長は愉快そうに ははは あいつは 相変わらず お茶目だなあ と言って 紅茶をさげた。
 お茶目 ということなのだろうか ゆーもあ ということなのだろうか と僕が悩んでいると 院長は 柔和な顔で 僕に語りかけた。
 元気そうだね。
 はい。
 それは やはり君が この手術をして しかるべきだった ということなのだよ。
 と 院長は言った。
 そう そのことです 手術とは なんですか? 僕は 熱がさがらないので 診察を受けに ここに来たのですが。
 いま 熱は 下がっているだろう?
 海パン院長は 二の句を告げさせない語調で そう言った。
 確かに そういわれれば そうである。
 体調は すこぶるよい。
 いや そういうことじゃなくて と 僕をじっと見据える院長から視線をそらして 僕は反問した。
 僕が訊きたいのは どんな手術を僕にしたのか ということなのです あの看護婦は 脳の手術をした と 言っていました。
 確かに オペを行った部位は脳だが 実際に 脳の器官を手術した ということではないよ たとえば 前頭葉を切除したり 大脳皮質に タンパク質を注入したりとか そういうことは やっていない。
 院長は 淡々と しかし 真摯な口調で そう言った。
 なら どういうことなのですか?
 簡単に言えば 脳の中 に存在している 君 を取り除いた ということだ。
 院長は はっきりとした口調でそう言って 困惑している僕に ほほえみかけた。
 温かいミルクでも 飲むかね?





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